咆哮は宇宙を裂いた

イトマン先輩から頂きました♪ありがとうございます!


 0/

 何故、君は戦うのか。

 唐突にそう尋ねられた事がある。
 士官学校時代の話だ。他愛のない無駄話に花を咲かしていた休憩室で何の脈絡もなく、その男は私にそう問いかけてきた。
 この問にどんな意図があったのかは解らない。
 もしかしたら冗談交じりの軽口だったのかもしれないし、私の真剣な意見が聞きたかったのかもしれない。
 でも、私は何も答える事ができなかった。
 冗談も、真剣も、私の口からは結局何の言葉も出てこなかったのだ。
 実を言えば、答えようと思えば答える事のできる答えを私は知っていた。
 ジオン独立の為。スペースノイド解放の為。腐敗した連邦に鉄槌を下す為。語呂は何でも構わない。そういう答えなら、確かに私の中にあったのだ。
 でも私は、そう言って簡単に誤魔化す事ができなかった。
 ジオン独立の志は、今もそしてその時も確りと持っていたし、この先も決して失われる事のない信念である、と言い切れる。しかし、私が戦い、という道を選んだ理由は、それではなかった。
 でも、私にはそれが解らなかった。
 今の自分の原点たる衝動が、私にはどうしても自覚する事ができなかったのだ。
 それは恐怖に近い感情だった。何故自分がここにいるか解らない恐怖。まるで足元が不安定になったような不快感。
 男の質問は、私の感覚を大きく揺さぶった。
 しかし、私が答えに窮していると思ったのか、質問をしたその男は、

「安心しろ、誰も答えなんて知っちゃいない」

 なんて、無責任な気休めを言った。
 それは確かにその通りだったのだろう。あの時の公国は一種の熱病に罹っていた。独立だ、戦争だ、と人々は口々にそれを叫び、軍人と政治家がそれを煽り立てる。そんな中で、戦う理由を探すなんて、無意味な行動に過ぎなかったのだろう。
 それでも、私は理由を探し続けた。
 いや、探さねばならなかったのだ。
 戦争に大義を求めるのは簡単だ。寧ろ大義の無い戦争など無いと言っても過言ではない。どの国もどの軍も、口々に自らの正当性を口にして争い続ける。
 それは当然だ。それこそが戦争なのだ。
 だから、一兵士に戦う理由などいらない。
 いくら立派な義を並び立てようとも、結局の所、兵士に出来るのは敵を殺す事だけだ。それ以上もそれ以下も無い。  思えば戦争とは実に単純な話だ。
 敵を倒し、敵を倒し、敵を倒し、敵を倒し、敵を倒す。
 その結果として、自国の勝利が付いて来る。
 単純な話だ。捻りも深みも無い。何故なら戦争の結末は、勝利か敗北だ。そんな二極化されたエンディングに至って、一個人の出来る事など限られているに決まっている。
 だから、戦う理由などない。
 もっと言えば、そんなものは必要ないのだ。
 だから、自身の行為が無為なものであると、私は始めから知っていた。そんなもの考えるだけ無駄だと、私は確かに自覚しているのだ。
 ―――それでも、考えずにはいられない。
 敵を倒すという事は、人を殺すという事だ。自分が勝利するという事は、誰かが敗北するという事だ。
 それは決して容易い事ではない。戦争という状況を無視してみるのならば、理由が必要ない等という事は絶対にない。
 だから、これは個人の問題なのだ。
 一兵士ではなく、一個人としての理由。
 あの男が私に尋ねたのは、そう言う私的な問題だったのだ。
 だとするならば、私は何が何でもその答えを見付けなくてはならない。これは軍人としての答えではなく、私自身の答えなのだ。理由が無い、という答えは許されない。でないと私は、軍人でない私を否定してしまう事になるからだ。
 ――そんな事を言ったのだと思う。
 私があまりに熱心だったのが可笑しかったのか、それとも予想外の内容だったのか、男は驚いたように笑って――

 「―――君は軍人に向いてないな」

 そう言って無表情のまま笑った。
 冷静に考えれば、それはかなり失礼な物言いだったのだと思う。士官学校に通う候補生に、そんな言葉を投げかけるのは、普通に考えると喧嘩を売っている。
 その筈なのに、何故か私は安心していた。
 自分は軍人に向いていない、それは私自身、薄々感じていた事だったのかも知れない。
 でも私はそれを心の何処かで否定し続けていた。
 そんな事はない。私は兵となるべくして生まれた男だ。国の為に戦い、国の為に死ぬ。そう言い切れれば、どんなに楽だったのだろう。
 でも、出来なかった。
 心構えはそのつもりだったかも知れないが、きっといざとなった時、私はそういう風に死ねないだろう。
 でも、だからと言って、一般人としてただ守られる事もできなかったのだ。
 祖国の解放という熱病のような流言に罹ったのか、それとも罹った振りをしただけか、結局、私は私人になりきる事もできなかった。
 実に中途半端。それは私が抱き続けた暗部だったのだろう。
 でもそいつは、一言でそれを否定してくれたのだ。
 お前は軍人に向いてない。きっと軍人として死ぬ事はできないだろう。ならば、私人として戦って死ね。それができたなら、お前は立派な戦士だろう、と。
 それは、私にとってある意味決定的な一言だった。
 だから、私は必ず見付けなければならない。
 戦いの中で、この戦争の中で、己の命を投げ打ってでも、戦わなくてはならない理由を。
 必ず、見付けなくてはならなかったのだ。
 そう、見付けねばならなかったのだ。

 もはや、後悔など無い―――
 こんなにも安らかな気持ちになれるとは思いもしなかった。
 軍人としても半端、私人としても半端。そんな戦いを続けてきた私に、こんなにも清々しい最期が訪れるとは、一体誰が予想できただろうか。
 何故、君は戦うのか。
 もしも、今そう訊かれたら、私は考えるまでも無く答える事ができるであろう。
 恥じる事など無く、堂々と、胸を張って。
 何故ならそれが私の理由だからだ。
 出撃した時から、この機体を受け取った時から、士官学校に入学した時から、いや、生まれた時から既に持っていた理由。
 私はそれを見付けたのだ。
 後悔などある訳が無い。迷いなど湧く筈も無い。
 さあ、聞き届けよ。

 これが、半人半魔の咆哮だ――――



 1/

 兵器工廠、という場所が嫌いだ。
 明確な理由は無い。何となく、馴染まないのだ。
 騒然と漠然としている癖に、きっちりと整理されている。部品や装備は、ラインに沿って間違えなく流れて行き、寸分違わない量産品を作り上げる。
 多分、そこが気に食わない。
 自分が可笑しな事を言っているのは解っている。工廠とはそういうものだ。寧ろ、そうでなくては困る。
 でも、製造されているのは兵器なのだ。人が人を殺す為の道具を作る場所が、こうも整然としていては、矢張り不自然に思えて仕方が無い。
 勝手な理屈である。
 でも嫌いなものは嫌いなのだ。理屈はどうあれそれは仕方が無い。だから、なるべく近付かないようにはしていたのだ。
 数えるならばこれで二度目。
 グレゴール・アインザックが、ここグラナダの兵器開発工廠区画を訪れるのは、これで二度目の事だった。
 ―――矢張り、好きにはなれそうにないな。
 それが一年振りとなるこの場所に対する感想だった。
 相変わらず整いすぎている。
 まるで兵器を造っているという事実を、上辺を綺麗にする事で誤魔化しているような気がするのだ。
 勿論、それは錯覚である。
 それに、その兵器を駆って戦争している自分が、そんな感想を漏らすのは、我ながら自分勝手なものだ。グレゴールはそう考えて苦笑した。
 グレゴールはMSパイロットである。
 つい先日までは、地球方面軍欧州方面制圧軍に所属し、最前線で連邦軍と戦っていた、俗っぽい言い方をするならば、歴戦の勇士、である。だから、本来グレゴールの職場は戦場なのだ。グラナダの兵器開発工廠区画にいるなど、実際は場違い極まりない状況なのである。
 事実、マントを翻し軍服姿で工廠を奥へと進んでいくグレゴールは、この場所においては極めて異質だ。ツナギ姿の作業員達はそんなグレゴールの姿を、不思議そうに眺めている。
 グレゴールは、一年前と全く同じ理由で、この場所にやって来ていた。いや、正確に言うならば、そんな理由が無くては、二度もこの場所に足を運ぶ事はなかったであろう。
 その理由は、この区画の一番奥。
 一年前と全く変わらない姿で、そこに佇んでいた。
 ヨレヨレの作業着に、神経質そうな眼鏡、洒落っ気の欠片も感じられない無造作な髪型。その男は、本当に時が止まっていたかのように、一年前と変わっていない。
 グレゴールは、その様子に苦笑を漏らしながら、男に近付いていった。
「―――相変わらずだな、ブロディ」
 声を掛けると、その男、ブロディ・セレディスは一切表情を変えずに顔を上げた。
 ブロディはどちらかと言えば、線の細い男だ。お世辞にも屈強とは言えないし、実際に腕っ節も強くはない。だが、彼の持つ瞳は、グレゴールの知る他の誰よりも鋭く力強い。この再会の一瞬で見る限り、その眼力に衰えはないようだ。
「焼けたな、グレゴール」
 ブロディは、グレゴールを一瞥すると、無表情のまま口元を歪め、短くそう言った。
「焼けた?」
「君の肌さ。地球の過酷な紫外線を一身に浴び続けていたのだろう。矢張り、僕に前線勤務は無理だ。多分、耐えられない」
 嫌味なのか皮肉なのか良く分らない。
 本人は素直な感想を述べたつもりなのだろうが、どうにも回りくどい。これは出会った時から変わらない、ブロディという男の癖だった。
「変わっていないな、本当に」
「君もどうやら健在そうじゃないか。
 ・・・・・うむ、立ち話もなんだ。僕の研究室に来たまえ。士官学校の同窓生との再会だ。秘蔵のウィスキーくらいはごちそうしよう」
 そう言うと、ブロディは返事を待たずに歩き始めていた。
 向かうのは、工廠区画の更に奥。公国軍直属の技術者達が根城としている研究開発区画だ。
 この区画には、それぞれのプロジェクトを担当する主任開発者の個室がある。ブロディがそこに向かっているという事は、グレゴールの知らぬ間に、ブロディが主任開発者に昇格したという事でもある。
「ほう、偉くなったんだな」
「・・・・・なに、体の良い厄介払いさ。上の連中は研究室さえ任せれば、技術者は大人しく言う事を聞くと、本気で思っているらしい」
 皮肉めいたな言葉を口にしながら、ブロディは自らの研究室にグレゴールを招き入れた。
「まあ、掛けたまえ。君、酒はいける口だったよな?」
 ああ、と適当に相槌を打って、部屋を見回す。
 スペースこそ士官用個室と大差ないが、整理が行き届いていて小ざっぱりしている。技術屋の部屋というのはもっと混沌としている印象があるが、これはこれで神経質なブロディの部屋らしい。
「これは地球産だ。中々珍しくてね、こんなご時勢だ。本国でもそうそう手には入らない一品だよ」
 二つのグラスに飴色の液体が注がれていく。
 正直に言って、グレゴールは酒があまり好きではなかった。アルコールに弱いという訳ではない。寧ろ、強い方ではあるのだが、興味が無い。飲めれば何でも良いというタイプで、飲めなくてもそれで良いというタイプ。だから、地球産だ、とグラスを差し出されても、気の利いた言葉一つ浮かんでこない。
「―――そうか、君は酒が好きなタイプではなかったか」
「あ、いや、そういう訳じゃ、ないんだ」
「いいんだ。実際、僕もあまり好きではない」
 そう言って、ブロディはグラスを傾けた。きらきらと室内灯に反射するアルコールが、ブロディの体内に消えていく。
「好きじゃない・・・・?」
「ああ、すぐ酔うんだよ。だから、このウィスキーは僕には勿体無い代物なのさ」
「じゃあ、何故わざわざ地球産なんて手に入れたんだ?」
「飲んでみたかった、からかな。・・・・・いや、飲むしかなかった、って言い方もできるか」
 妙な間ができた。
 照明の当たり具合だろうか。手の上でグラスを遊ばせるブロディは、どことなく窶れて見える。
「何が、あった」
「それは君だよ。グレゴール」
 グレゴールの質問は、ブロディの鋭い眼光と共に、質問として帰って来た。
「この時期に、地球から宇宙へとんぼ返りだと。一介のパイロットに過ぎない君が、か」
 グレゴールはそこでブロディの真意を悟った。
 グラナダに帰還早々あったブロディからの連絡。旧友との再会を望んでいるだけだとばかり思っていたが、どうやらグレゴールの異動に何かを察していたらしい。
「・・・・・・参ったな、気付いていたのか」
「当然だ。連邦の大反抗作戦に切羽詰まっている地球方面軍が、貴重なパイロットを気分で配置換えにするはずあるまい」
 そうの通りだ、とグレゴールはグラスを飲み干す。
 一瞬、あの過酷な大地で感じた、生々しいほどの太陽の香りが、鼻腔全体に広がったような錯覚を覚えた。
「・・・・・・命令違反だ。その上、処分を言い渡した上官を殴り飛ばした」
 言い終わった瞬間、ブロディが情けない溜め息を吐いた。
「それで、第三七補給連隊に配備か。君らしくも無いな、問題児だった僕と違って、君は実に優等生だったじゃないか」
「いや、そうでもあるまい」
「その命令とやらがよっぽど非道だったのか。それとも上官が気に食わない男だったのか?」
 酒が回っているのか、ブロディはいつになく饒舌だ。
 グレゴールは暗澹たる気持ちになって、短く、悪いのは俺なんだ、と伝えた。
 そう、正しい正しくない、で判断するならば、その命令は実に的を射た正しい命令だったのだ。
 最前線への補給物資輸送。それがグレゴールの率いるMS部隊に与えられた任務だった。
 オデッサでの敗北により、グレゴールの所属する欧州方面軍は混乱を極めていた。
 オデッサ方面で防衛線を引いていた、ケラーネ少将らの主力部隊が、アジア地区へと撤退。それに伴い前線にいた部隊と、後方支援を担当していた部隊に、欧州方面軍は二分されてしまったのである。
 今思えば、有り得ないような話ではあるが、その現場に居合わせた人間にとっては紛れも無い現実だ。
 結局、グレゴールたち後方支援組は、体制すら整わぬまま、オデッサからの追撃部隊を迎え撃つ為に、中東におけるゲリラ紛いの奇襲作戦を余儀なくされたのである。
 作戦自体は、簡単だった。
 欧州に位置する物資拠点から、補給物資を迎撃部隊まで輸送する事。ただそれだけだった。―――その途中、交戦中の味方部隊と遭遇しなければ。
 それはオデッサからの敗残部隊だった。自力で山中まで逃れたが、連邦の追撃部隊に発見されてしまったのだろう。マゼラ・アタック二機と、半壊したザクUJ型。それは人の身体に喩えるならば、死に体だ。例え助けても戦力として期待できるかどうか分らないほど、微弱な戦力。
 だからだろう。上官は、迷わず物資の輸送を最優先した。この先の戦力になるかどうか分らない味方部隊を助け、物資を危険に晒すより、これを最前線に届ける方が、遥かに利があると考えたのだろう。
 確かにその通りだ。グレゴール自身、何度考えても、その上官と同じ答えに辿り着く。
 でも―――グレゴールは即座に援護を命令していた。
 理性的に考えれば、それは間違った判断なのだろう。でも、目の前で蹂躙される味方を、無線から零れてくる悲鳴を、無視できるほど、グレゴールは賢くはなかった。
 結局、グレゴール達は敗残部隊の救出に成功した。
 その代償として、輸送中の補給物資は破壊され、グレゴールの搭乗機も大破した。
 非常時における故意の命令違反。
 グレゴールはいかなる罰も受けるつもりでいた。後悔はしていないが、自分のやった事は命令違反で、重大な過失だ。そう自覚していたのである。

 ―――無駄な戦力を助けやがって―――

 懲罰会議で、上官はさらっとそう言った。
 お前は無駄な命を助けたのだ、と。その瞬間、グレゴールは上官に飛び掛っていた。
 戦況から見てあの救援で助かった味方部隊は確かに無駄といえるほど微弱な戦力だろう。でも、だからといって助かった者を無駄と切り捨てるのか。
 助けてくれてありがとう、と涙を流して喜んでいたあの兵士達を、無駄な命だったと貶めるのか。
 それが堪らずに厭で、グレゴールは正気を失った。
 命令違反と、上官に対する暴行―――グレゴールが宇宙へと追いやられるのには充分な罪状だった。
 グレゴール自身、決定に不満はない。悪いのは明らかに自分だと理解しているし、妥当な処分だと考えている。
 だから―――
「―――だから、実際どうも変わっていないのさ」
 グレゴールはそう結んで、いつの間にか空になっていたグラスに視線を落とした。ずっと握っていたせいか、中の氷はほとんど解けてしまっている。
 話している間、ブロディは一言も口を聞かなかった。悲しいような、嬉しいような、複雑な表情を浮かべて、じっと宙を見つめている。
「―――変わってないな、君は」
 視線を逸らさずブロディが呟いた。
 相変わらず表情は硬いままだが、やはりどこか妙だ。元々変わり者ではあったが、こんなに疲れた貌をする男だったろうか。
 気になってグレゴールが話しかけようとした時、ブロディは唐突に立ち上がった。
「君に、見せたいものがある」
 まるで何かに急かされるような、決断を早まっているような、そんな雰囲気で、ブロディは確かにそう言った。



 2/

「何処へ、行くんだ?」
 歩き続けるブロディの背中に、グレゴールが問いかけた。
「何、そう遠くはない、僕のラボさ。君の見せたいものは、そこに置いてあるんだ」
「少し休んでからにしたらどうだ?」
「休む。冗談を言ってはいけないよ、グレゴール。僕は今、あれを君に見せないといけないんだ。寧ろ、酔っていたぐらいの方が丁度良い」
 そう軽く笑って、廊下をよろよろと進む。
 このまま放って置く訳にもいくまい、と溜め息を吐き、グレゴールは、その後を追った。
 研究開発区画は無人だった。
 この時間には誰も居ないのか、それともただの偶然なのか。聞こえるのは、二人の足音と、響くようなボイラーの重低音だけだ。
 そんな廊下を数回曲がった時だろうか。ブロディが唐突に口を開いた。
「―――MSとMA、その違いは何だと思う?」
 グレゴールは咄嗟に反応する事が出来なかった。
 ブロディの質問はいつも唐突だし、彼の友人をやっている以上そういう事にもなれているつもりだったが、ここまで突然なものは初めてだった。
「解らないのか、君はパイロットだろ?」
「あ、いや・・・・解るさ、それは人型か否かという問題か?」
「そうだ。MSとMAその最大の違いは、人型であるかそうでないか。つまり四肢を有しているどうか、という点に尽きる」
 機動兵器、という分類の兵器群において、手足があり人型をしているのがMS、それ以外の形をしているのがMA、というカテゴライズがなされている。
「MSが人型である最大の利点は何だと思う?」
「AMBACシステム、だろう?」
 MSの腕部や脚部などの質量移動、つまり「手足を振り回す」事によって、推進剤を消費せず姿勢制御を行う方法を、AMBACシステムと呼んでいる。
 大気の存在しない宇宙空間において、MSが小型戦闘機を上回る脅威の機動性を有しているのには、このAMBACが働いているからに他ならない。グレゴールもパイロットとして、それくらいの事は当然知っていた。
「なら、MAの長所は何だと思う?」
「MAの、長所―――?」
 グレゴールは、はてと首を傾げる。
 開戦当初からMSパイロットとしての教育しか受けていないグレゴールにとって、MAの基本性能は未知の領域だった。何せ、一度基地内の移動の為に、MA‐05を動かした事があるだけなのだ。
「MAの長所はな、その機体サイズからくる大火力と驚異的な加速性だよ。勿論、一丸には言えんがね。MAがMSより優れているといったら、そういう大雑把な所だけなのさ」
 確かに、MAはMSに比べ大型に設計される傾向が多い。MSが大抵二〇メートル前後なのに対し、MA‐05は全長四〇メートル以上あった筈だ。それほどの巨体ならば、MSと比べ、大出力のジェネレーターを搭載する事も可能だろう。
「MSとMA、一長一短があるという訳か」
「そうだ。だからこそ、だろうな。技術本部の一部勢力に、その二つを合わせて、二つの長所を手に入れよう、なんて馬鹿げたプランが立案された」
 ブロディは早口に、呟くような小声でそう捲くし立てた。
「簡単な話さ。一足す一は二になるからな。そういうお偉いさんの妄執が、この機体を育む土壌となった―――」
 ブロディの足がぴたりと止まる。
 二人はいつの間にか、ブロディのラボに辿り着いていた。
重苦しい機械油の臭いが鼻につく。この場所で、戦争の主役たる兵器の試作品達が、日夜組み立てられているのだ。
「その集大成が、これだよ。機体形状可変型試作機、YMT‐02ベムロラだよ」
 そこに横たわっていたのは、まさに異形の怪物だった。
 全長は五〇メートル以上、深蒼に塗装されたその鉄塊は、人の手足となる兵器としては規格外の巨躯を誇っている。
 そして、何よりグレゴールの目を引いたのは、そのあまりにも不恰好で無駄の多い、この機体のフォルムだった。
 機動兵器とはいえ、一応は人が作り、人が使う為の道具である事は間違いない。だから、どんな兵器でも、その姿形は熟慮された末に行き着いた、洗練されたフォルムでなくてはならない。
 しかし、目の前の巨獣にはそれが一切感じられない。
 兵器としての、道具としての当たり前の常識を当て嵌めずに開発された機体。それは、最早兵器ではない。言うなれば、怪物。まさに、異形の怪物だ。
「―――これは、何だ」
「流石に驚いただろう。僕の造った試作機だよ。MSの汎用性とMAの爆発性を兼ね備えた、最強の機動兵器。その雛形だよ」
 そう言って、ブロディは面白くなさそうに笑った。そこには、最早皮肉しか感じられない。
「完成、しているのか?」
「一応はね。ビグロのジェネレーターとフレームを流用し、AMBACに対応する人型機を中に仕込んである。建前上は、MSとMAの折衷機。『可変機』という分類だ」
「へ、変形するのか?」
 グレゴールは再び視線をその巨体に戻した。
 この怪物が、華麗に変形し、優雅なフォルムに生まれ変わるとはとてもじゃないが、信じる事は出来ない。
「可変、と言っても、首が伸びて上半身もどきが露出するだけだ。マニピュレーターも貧弱で、武装すら持つ事ができん。最も、その上半身は、飾りだ。取って付けただけの張りぼてだからな、取ろうと思えば、何時でも排除出来るよ」
 グレゴールは機体に歩み寄った。ベムロラ、と呼ばれたその怪物は、静かにそして騒然とその場に横たわっている。
「しかし、MSとMAの折衷機なのだろう。ならば、性能もそれに付いて来るのではなにのか?」
「理論上はな。確かに、MSの最大の欠点はその航続距離の短さだ。それを補う為に、MAとの折衷というのは良いアイディアかもしれん。数年経てば、そういうMA的要素を持ったMSが戦場に投入される事もあるかも知れない。だがな、それはあくまで、数年後の話だ」
「現段階では無理なのか?」
「そうだな、時間と費用があればあるいは・・・・・・いや、所詮その程度では無理か。僕の場合は根本的な所から、間違ってしまっているのさ」
 ブロディはそこで言葉を切った。その顔には、今までに見た事が無いほど悔しそうな表情が浮かんでいる。
「僕はね、やっぱりただの軍人なんだよ。軍人は戦争という大きな歯車を動かす部品に過ぎない。それは、技術屋だって、君みたいなパイロットだって同じさ」
「―――ブロディ」
「覚えているかな。士官学校時代、僕は君に随分と失礼な質問をしただろう?」
 グレゴールは静かに頷いた。
 ―――何故、君は戦うのか。
 結局、グレゴールは、その問いに答える事が出来なかった。そして多分、今でもその答えを探し続けている。
「正直言うとね、君が羨ましかった」
「え?」
「君は、軍人じゃ無いんだよ。軍人として生き、歯車として生きる事が当然の状況で、君はその正しさを悩み続けている。多分、今もね」
 恐らく、例の命令違反の事を言っているのだろう。グレゴールは、よせよ、と短く返した。
「僕はね、結局は、軍人という道しか選べなかった。いや、違う道もあると知っていたのに、選ばなかったんだ」
 その結果がこれだよ、と言って、ブロディは、目の前の怪物を指した。
「否定しなくちゃいけないプランだったろう。今の技術では、時間では、費用では無理だと。もっと別の事に力を注ぐべきだったのさ。でも、僕は―――逆らわなかった」
「それは―――軍属として当然の事だろう?」
「だろうな。でも、その後はどうなる。この先、自分が軍人じゃなくなって、残るのはこの歪な鉄塊だけだ」
 ブロディは、冷めた笑いを浮かべた。
「結局、僕は自分を生きる事も、軍人を生きる事も出来なかったのさ。見ろよ、こんな異形の怪物だが、僕は案外気に入っているんだ。これが―――限界だから、な」
 グレゴールは何も言えなかった。
 会っていなかった数年間、ブロディに何があったのか推し量る事は出来ない。そんな事は無意味だし、すべきではないと、グレゴールも理解している。
 中途半端な慰めの言葉など意味すらない。それは、その言葉は、グレゴールが絶対言ってはいけない言葉なのだ。それが、グレゴールとブロディの間に築かれた大きな壁だった。
 どれ位、沈黙が続いただろうか。

「―――こいつに、乗ってくれないか」

 まるで、何か忘れ物を思い出した様な気軽さで、ブロディはそう言った。
「乗るって、この機体にか?」
「ああ、正直に言うとな、今日お前を呼び出したのは、半分以上それが目的なのさ。僕は、君がこいつに乗っているところを見てみたい」 「し、しかし、そう簡単に―――」
 グレゴールは言い淀んだ。何故、ブロディはそんな事を言い出すのか、グレゴールには全く理解出来ていないのだ。
「心配ないさ。使い道の無い試作機なんて、いずれ前線で放置されるのがオチだからな。補給部隊の護衛という事なら、何とかねじ込めるはずだ」
 ブロディがそう言うのなら、そういう事も可能なのだろう。
 そんな曖昧な感想を抱きながら、グレゴールの意識は、この半人半魔の機体に向いていた。
「――――」
 好感は持てないが、悪意も感じない。
 そもそも一兵士が、機体に感想を抱く事など無駄以外の何ものでもない。当然、グレゴールもそう考えてきたし、その考えは今も変わらない。
 ―――なのに、この機体は違った。
 特別な気持ちは湧かないくせに、意識せずにはいられない存在。そんな中途半端な感情を、グレゴールはずっと抱いている。
「―――解った。乗ってみる」
 何故そういう気分になったのかは、グレゴールにも解らない。
 ただ、この異形の怪物を見て、ブロディの話を聞いて、自身の答えを見つけたくて、グレゴールは、半分無意識のまま、そう答えていた。



 3/

 宇宙要塞ソロモン。
 ドズル・ザビ中将率いる宇宙攻撃軍の本拠地であるその基地に、第三七補給連隊の配備が決まったのは、グレゴールとブロディが再会した三日後の事であった。
 パゾク級輸送艦二隻、パプア級輸送艦一隻で構成される第三七補給連隊は、その翌日、十二月七日にグラナダを出港。護衛として随伴するムサイ級軽巡洋艦の指揮官に任命されたグレゴールは、結局、ブロディにちゃんとした挨拶も出来ないまま、出発する事になってしまった。
 そして、航行は順調に進み、二日が経っていた。
「―――いよいよ、危ないのかもしれませんね、ソロモンは」
 ムサイ級軽巡洋艦『フィラーチ』の艦橋で、副官であるシュレイド・クライチが呟くように言った。
「危ない、とは?」
 グレゴールがその呟きに、反応する。シュレイドは前を見たまま喋っているが、恐らく話しかけられたのだろう、と判断したのだ。
「噂ですよ。連邦軍の次の標的はソロモンだと。オデッサの敗戦に続き、ジャブローですからね。前線の兵士達もそう考え始める頃合ですよ」
 会話をしているというのに、シュレイドは一切グレゴールを見ようとしない。初めて会ってから、既に一週間以上経つのだが、この若い副官は、この態度を崩そうとしない。どうやら、グレゴールを嫌っている節がある。
 考えればそれも当然だろう。グレゴールの配属が決まるまで、この『フィラーチ』の最高階級は、艦長を兼任するシュレイド『少尉』だったのだ。だが、特例の異動でこの艦に無理矢理ねじ込まれたグレゴール『大尉』の登場で、シュレイドは結局、副官に納まったのである。恨みぐらい抱く事もあるだろう。シュレイドは、こうした態度でそれを表しているのである。
「これだけ急に配置換えが決まれば、不穏な噂も立つだろうな。だが、それは杞憂だろう。ソロモンは鉄壁の宇宙要塞、だろ?」
「ええ、その通りですよ、大尉殿」
 棘のある口調でシュレイドが答えた。どうやら、この溝を埋めるのは簡単な事ではないらしい。
「―――それはそうと大尉殿。あの試作実験機、一体どこから拾っていらしたんですか?」
「ああ、ベムロラの事か。あれは知り合いの実験室から回してもらったのさ」
「ブロディ・セレディスのラボから?」
 ああ、と短く答えた。
 あの後、ブロディは本当に例の試作実験機を『フィラーチ』に回してきたのだ。どんな手を使ったのかは知らないが、艦の記録にはグレゴールの搭乗機として登録されている。
「実験機だからな、性能的には保証できないが・・・・・まぁ補給連隊だ。あまり贅沢も言っていられないだろう」
 グレゴールは真実を暈して答えた。別に隠すほどの秘密でもないが、あれを自分から乗りたいと言った、とは伝えない方がいいと判断したのだ。
「それもそうですか。あと二日もすればソロモンです。自慢の実験機も出番がなく終わりそうですね」
「そうだな、だったら一番良い」
 グレゴールの反応が予想外だったのだろう。嫌味を言ったつもりだったシュレイドは、それっきり黙ってしまった。
 やれやれ、と溜め息を吐き、艦長席に戻ろうと立ち上がった時だった。
「あ、地球が見えます」
 声を上げたのは第二オペレーターのクズキ・ウォレイッチだった。彼女の担当は、戦闘中のパイロットに対する指令伝達である。
 声につられ、グレゴールも大きく開いた前方の窓を見る。
 その奥には、ほんの数週間前まで、駆けずり回っていたはずの青い大地が、大きく雄大に広がっていた。



 4/

「何があった?」
 その報告がグレゴールの元へ届いたのは、彼が個室のベッドに横になり、仮眠を取ろうとした瞬間の事だった。
 襲い掛かってきた眠気を振り払い、ブリッジへと向かう。そこには、交代で休憩する手筈になっているシュレイド他、艦の主要メンバーが揃っていた。
「救難信号です。四分前にキャッチしました」
 クズキが手に持った通信記録に視線を落としながら答えた。
「救難信号。何処からだ?」
「そう遠くはありません。衛星軌道上のS47H33ポイント。恐らく、地球からの打ち上げ組だと思います」
「HLVか」
 打ち上げ組み、とはHLVで地球から宇宙への離脱を図る部隊の事を指す。本来は、しっかりとした護衛を付け行われる筈の打ち上げ作業なのだが、オデッサの陥落以降、疲弊した地球方面軍に、それほどの余力は残っておらず、今ではろくな護衛も付けず、見切り発車で打ち上げられる事も少なく無い。
「まさか、我々に回収してくれ、と言うのではあるまいな」
 シュレイドが棘のある口調で言った。
 HLVで衛星軌道上に出たのは良いが、回収艇が用意されていなかったのだろう。そういう場合、近くを航行する戦艦に救援を求めるより他はない。
「本艦の残りキャパシティは?」
「はい。HLV自体を破棄すれば、何とか収容可能ですが・・・・・まさか、救援に応じるつもりですか?」
 シュレイドが驚いたように声を上げた。
「このまま見捨てる訳にもいかんだろ。アッシュとバトレイのザクを出せば、直ぐに回収出来るだろう?」
 グレゴールはそう言って、後ろの方に控える二人のパイロットを見た。アッシュ軍曹とバトレイ曹長。『フィラーチ』の貴重な戦力である。
「―――その事なんですが、少し問題が」  クズキが遠慮がちに声を出した。
「何だ、言ってみろ」
「はい。実は、先ほど連邦軍のものらしき通信を傍受しました。内容までは判別出来ませんが、恐らくルナツーのパトロール艦隊ではないかと・・・・・・」
 その発言で、ブリッジ内が一瞬にして静まり返った。
 通信を傍受出来る距離にいるパトロール艦隊なら、衛星軌道上の打ち上げ組に気付くのは時間の問題だろう。ならば、『フィラーチ』が救援に向かった場合、鉢合わせになる可能性が非常に高い。
「―――私は反対です。我々の任務は物資輸送だ。救援に向かえば、みすみす物資を危険に晒す事になるだけだ」
 状況から見て、それが正論だった。
 シュレイドの言う通り、第三七補給連隊の任務は、ソロモンへの物資輸送だ。いくら味方の救援とはいえ、それを晒すのは得策ではない。
 グレゴールはそれを聞いて、即断した。
「救援に向かう。これは本艦の最高階級命令だ」
 再びブリッジ内が静まり返った。この場にいる誰もが、グレゴールの決定に驚いているのだ。
「しょ、正気ですか。危険を承知で?」
「ああ、このまま見過ごしたら、パトロール艦隊は確実にHLVを発見するぞ。彼らを見殺しにするつもりか?」
「し、しかし―――」
 シュレイドはそのまま口篭った。可哀想だが、今は考えている余裕すらない。非武装のHLVが敵に見付かったら、それこそあっと言う間に宇宙の藻屑と化してしまうだろう。
「大丈夫だ。輸送艦三隻と本艦は、この場にて待機。MS部隊のみで強襲を掛ける。そうすれば、物資を危険に晒す心配も無いだろう?」
「し、しかし、グレゴール大尉。ザクの推進剤量では、衛星軌道上まで持ちません。やはり戦艦が接近しないと・・・・・・」
 そのザクのパイロットであるアッシュがおずおずと発言した。恐らくザクの推進剤では衛星軌道上までは辿り着けないだろう。もし、節約し辿り着いたとしても、その頃には戦闘は終わっている筈である。
「それも大丈夫だ。俺のベムロラを使うんだ。あれに硬質ワイヤーでザクを繋いで牽引すれば、推進剤を一切使わずにHLVへ向かう事が出来るはずだ」
「なるほど・・・・・・あの馬力なら可能です」
「どうだろうか?」
 グレゴールはそう言って、シュレイドを見た。
 意見を求められている事に気が付いたのだろう。シュレイドは、ややバツが悪そうに俯きながら、
「―――お好きにどうぞ。この艦の最高階級は貴方です」
 と、やはり棘のある言い方をした。



 5/

 作業は意外にスムーズに進んだ。
 元々出撃準備は完全に整えてあったのだ。それをただワイヤーで繋ぐだけなのだから、当然といえば、当然の話である。
「準備完了。アッシュ機いつでも行けます」
「同じく、バトレイ機出撃準備完了」
 コックピット内に備えられたモニターに、二人の顔が映った。グレゴールは、それを確認してから、ヘルメットのバイザーを閉じる。
「こっちも行ける。クズキ軍曹、状況はどうだ?」
「HLVは合計で五機。進路から予想して、そろそろパトロール隊に発見される頃です」
「・・・・・・時間が無いな。よし、出撃する」
 その一言で、デッキ内にアラームが鳴った。出撃準備をしていた作業員達がエアロックされた隣室に次々と移った後、ゆっくりとシャッターが開いた。
 ムサイ級のMSデッキは艦橋真下の胴体部分にあり、そのシャッターは、艦の先頭とは逆方向に位置している。その為、現在、艦は出撃方向とは逆を向いたまま待機している。
「進路オールグリーン。大尉、御武運を」
 通信機からクズキの柔らかい声が響いてきた。
「了解」
 短く答え、息を整える。
「グレゴール・アインザック、ベムロラ出るぞ!」
 ペダルを全力で踏んだ。
 釜に火をくべる―――その表現が的を射ているかは解らない。だが、力を得た異形の怪物は、その身を唸らせ、寒々と広がる宇宙へと飛び出していた。
「―――ふっ」
 最初に感じたのは、妙な浮遊感だった。
 身体が一瞬軽くなり、自分が今どこで何をしているのかが分らなくなる。そのまるで魂だけが分離するような不快な感覚に耐え、グレゴールは、先に広がる宇宙を見据えた。
「す、凄いGですね」
「これがMAの世界か、凄いです」
 後ろに牽引されているパイロット達の声が聞こえて来た。
 いくらMSパイロットと言えど、これだけのGを長時間受けるのは稀な体験だろう。実際、グレゴールにもそれは当て嵌まっているのだ。
「無駄口を叩いている暇は無いぞ。敵に見付かる前に切り離す。前方不注意で事故を起こすなよ?」
 牽引されているとはいえ、切り離した後も慣性の法則に従い、ザクはそのままの勢いで直進を続ける。そのままだったら、戦場を通過してしまう為、今回は直前で、ワイヤーを切り離し、ちょうど到着するように調整しなくてはならない。
 タイミングは計器が計ってくれる。グレゴールがコンソールの数値を注目していると、クズキからの通信が入った。
「大尉、衛星軌道で熱源を感知。戦闘が始まったようです」
 熱探知に目をやる。
 前方に熱源反応。これは何かが爆発した位の熱量だ。
「くそ、間に合わなかったか・・・・・・アッシュ、バトレイ。切り離すぞ、タイミング合わせろよ」
 了解、と二人の声が被る。
 まだ会ってから一週間ほどしか経っていない部下ではあるが、その戦闘技術は確かだ。グレゴールは、二人の腕を信じ、牽引用ワイヤーを切り離した。
「切り離した!」
 ガクン、と振動が伝わり、機体の速度が速くなる。いくら脅威の馬力を誇るベムロラとは言え、ザクを二機も引っ張っていたのだ。速度だって、ある程度落ちるだろう。
「敵影を感知。これは・・・・・サラミス級二、ヒトガタ三、支援ポッド五。結構な数だぞ、こりゃ」
 バトレイの舌打ちが聞こえた。連邦が戦力を整えているのは知っていたが、まさかルナツーのパトロール艦隊にこれほどの戦力があるとは、グレゴールにとっては予想外だった。
「アッシュ、バトレイ。まずは俺が仕掛ける。お前らは、HLVの護衛を最優先しろ」
「し、しかし、それでは大尉が―――」
「しかし、じゃない。HLVを守れなかったら、出撃した意味が無いだろう?」
 そう言うなり、グレゴールは返事を待たずに加速を思いっきり掛けた。
 実際には、かなりの距離があるのだろうが、ベムロラの速度をもってすれば、一瞬で到達してしまうだろう。
 それはつまり、敵がこちらを察知する前に肉薄できる、という事でもある。
 何にせよ、重要なのは先制攻撃だ。
 グレゴールは精密射撃用のトリガーを引き出し、照準を覗き込んだ。ほぼ直線上に、数機の影が見える。
「当たってくれよ―――」
 狙いを定め、そのままトリガーを引く。
 機体の左右に設置されたメガ粒子砲から、ビームが火線となり、敵影目掛けて飛んでいく。  ビームの接近に気が付いたのか、最も近くに陣取っていたサラミス級に動きがあった。
 しかし、それはもう遅い。
 二本のメガ粒子砲は、サラミス級の艦首と胴体部分を確実に捉えていた。
 次の瞬間、閃光と爆発が周囲を包んだ。
「一隻撃破。さあ、これからが本番だ」
 爆発の確認と同時に、ミサイルポッドを発射する。
 目的は牽制だ。グレゴールは敵部隊の真ん中に一直線で突っ込んで行っている。三機のジムの対応が、一瞬遅れてくれれば構わない。
 ベムロラの機体上部に設置された計八箇所の発射口から、ミサイルが雨のように降り注いでいく。
 結果から言えば、グレゴールの目論見は成功した。
 味方戦艦の突然の轟沈、降り注いできたミサイルの雨。動揺したジム部隊は、正面から突っ込んでくる、という暴挙に出たグレゴールを見逃してしまったのである。
 サラミスの残骸を、棒立ちになっているジムとボールをすり抜け、ベムロラは戦闘宙域の反対側へと飛び出していた。
「―――HLV、無事か?」
 その瞬間にもグレゴールは目視で、HLVの数を確認する。
「全三機。くそ、二機間に合わなかった!」
 湧き上がる悔しさを押さえ、意識を外へと向ける。まだ戦闘は続いているのだ。
 MAの最大の長所は、その爆発力にある。
 MSを遥かに超える、ブースト量と加速性、機動性。その爆発的な馬力こそがMAの真価なのだ。しかし、それはMA最大の弱点である、小回りの利かなさ、を生み出す原因にもなっている。爆発的な加速性を持つが故、突然の方向転換が利かないのである。
 その事を、ジム部隊の隊長は熟知していた。
 あのMAは暫く戦場へは戻って来られない。最初の不意打ちは成功したが、それが仇になってしまったのだ。そう判断した、隊長機は、HLVの始末を命令したのである。先にこっちをやってしまった方が容易い、と。
 ―――それが、致命的な判断ミスだった。
 そもそも、ベムロラはMAではない。MSとMAその折衷を目指して開発された試作実験機なのだ。
「さあ――見ていろよ、ブロディ!」
 まるで、グレゴールの声に応えるように、半人半魔の怪物は、その隠された『手足』を解放した。
「ば、馬鹿な!」
 気付いた時には、もう遅かった。逆方向から飛んできた火線が、ボール二機とジム一機を掻き消してしまったのだ。
 ビームの飛来した先を見る。そこには、有り得る筈のない速度で、方向転換した異形のMAが舞い戻ってくる姿があった。
 ―――い、一体どうやって?
 混乱する隊長機がそこで見たのは、機体後方部から不恰好な『足』を生やしたベムロラの機影だった。
 それは『足』と呼ぶには、あまりにも脆弱な代物だ。言うなれば斜めに切りそろえられた二枚の板。それが、機体後方部からにゅっ、と生えている。一見、何の役にも立たなさそうなその鉄板は、機体の曲がる方向とは逆に動いて、器用に方向を調節する。
 AMBACシステム―――腕部や脚部などの質量移動、つまり「手足を振り回す」事によって、推進剤を消費せず姿勢制御を行う方法。ベムロラは、MAの特性を持ちながら、このシステムの完全なる導入を目指した実験機なのである。
 理屈は実に簡単だ。曲がる方向とは逆に、鉄板――バインダーが動き、姿勢を制御する。それに加え、機体サイドのスラスターを噴射する事によって、速度を維持したままの方向転換を可能としているのだ。
「ははっ、やれるじゃないか!」
 敵機の攻撃を器用に避けながら、グレゴールはメガ粒子砲とミサイルで弾幕を張る。回避する暇も無く、連邦軍機は宇宙の塵と化していく。
「残りは、ヒトガタ一、戦艦一」
 再び戦闘宙域を離脱したベムロラは、そのまま直ぐに方向転換へと移行する。バインダーが軋みながら動き、二回目のターンもスムーズに完了する。
「アッシュ、バトレイ。今のうちにHLVを回収しろ。残りもベムロラで、やれ――――るっ!」
 ズン、と機体全体に鈍い衝撃が走った。
 被弾でもない、内部爆発でもない。どちらかと言えば、衝突に近い―――何だ?
 その答えは直ぐに見付かった。
 メインカメラの前。そこには、機体先端にへばり付き、ビーム・サーベルに手を伸ばすジムの姿が映し出されていた。
「くっ・・・・・・」
 ジム部隊の隊長機。彼に残された手段はもう無いに等しかった。武装は、ブルバップ・マシンガンとビーム・サーベル。あれほどの高速で動く怪物に、単機のマシンガンでは分が悪い。ならば、近接戦闘に持ち込んで、ビーム・ライフルで仕留める他無い。
 それは捨て身に近い戦法だった。
 方向転換するMAの軌道を読んで、正面から体当たりを仕掛ける。万が一、ジムの機体が耐えられなかった場合は、そのまま四散。その危険すぎる賭けに、このジムは勝ったのだ。
「は・・・・はっ、終わ・・・・り・・・・・な、化け・・・・・物!」
 接触回線を通して、パイロットの歓喜の声が聞こえてくる。この距離ならば、ビーム・サーベルを避ける事すら叶わない。グレゴールは、考えるまでも無く、ベムロラの『手』を解放していた。
「何だと!」
 今度はジムのパイロットが声を上げていた。
 それも無理はない。今までモノアイだと思っていた機体上部の部分が、突如起き上がり、『顔』になったのである。顔だけじゃい。棒だけで構成された胴、脆弱な腕、マニピュレーター。起き上がったのは、間違えなく『上半身』だったのだ。
「化け物がぁ!」
 その動揺を打ち消すように、ジムはビーム・サーベルを抜刀していた。柄から発生する高密度のミノフスキー粒子が刃を形成し、剣となる。
 そのどうしようもないくらい致命的な一撃を、ベムロラを貧弱な左腕でがっちりと受け止めた。
「まだまだだぁ!」
 グレゴールの叫びが拳となり、ジムの頭部を捉えた。もう片方の腕で打ち込んだその一撃で、ジムの頭も、そしてベムロラの拳自体も大きく変形する。
 最早、それでも構わない。何としてもこのヒトガタを振り落とさなくてはならない。その思いだけで、次々と拳を叩き込んでいく。
「くそ、メインカメラがぁ!」
 歪んだ頭部は、その機能を完全に失っていた。MSの『目』を奪われた恐怖。その動揺が、更なる追い討ちを掛けた。
「うおおおおぉ!」
 メキッ、と音を立てて、ジムの左腕が引き千切られた。ベムロラの脆弱な右腕は、自らの形を変形させながらも、敵機の腕をビーム・サーベルごと投げ捨てたのだ。
 支えである腕が一本になり、ジムが大きく揺らいだ。
 このままなら、振り落とせる―――
 そう確信したグレゴールの視界の奥。ジムとベムロラ、その進路上に、巨大な影の姿を見たのだ。
「―――サラミス!」
 残っていたもう一隻のサラミス級。その進路上に陣取った敵戦艦は、全砲門をベムロラへと向けている。どうやら、ジムごと撃ってしまう魂胆らしい。
 グレゴールは歯噛みし、思いっ切り、ペダルを踏みつけた。
 ガクン、という衝撃と共に、スラスターが逆噴射され、機体が大幅に減速した。慣性の法則に突き飛ばされた格好となったジムは、依然加速したまま前方へと飛んでいく。
「間に合えっ!」
 照準は半壊したジムタイプ。ある程度適当でも構わない。ジムに当たれば、真後ろにいる、サラミス級には確実に当たる―――!
 閃光が走った。
 巨獣の放った二本の光と、戦艦が放った無数の光。
 先に辿り着いたのは、ベムロラのメガ粒子砲だった。
「ぐうっ―――」
 反動に耐え、サラミスの真横をすり抜ける。
 炉心を貫通され、その巨体を爆散させるその瞬間。サラミス級は、まるで断末魔の叫びように、数門の砲台から火を吹いていた。大きくバランスを崩したせいで、狙いとは違う方向へと放たれる光の矢。
 グレゴールは、そこで既に戦闘の終結を感じていた。もう敵はいないのだ。これで戦闘は終わる、と。
 ―――火線の一本が、救助されたHLVの一機へと向かっていく、光景を見るまでは。
「しまった、避けろ!」
 爆風の衝撃に耐えながら、グレゴールは叫んでいた。
 しかし、それは無理な話だ。そもそも打ち上げロケットに過ぎないHLVに、緊急回避能力など備わってはいない。更に、これだけの不意打ちだ。ビームが真横を掠っただけでも、僥倖だった。
 そう――放たれたメガ粒子砲は、HLVを直撃する事は無く、左表面と、メインエンジン二基を停止させるに留まったのである。
 考えれば、たったそれだけの損傷。
 それでも―――HLVを落とすには充分すぎる損傷だった。
「しまった、重力に捕まっています!」
 バトレイの叫び声が、通信機越しに聞こえた。
 ボン、ボン、という軽い爆発音。誘爆を起こし、その推力の半分を失ったHLVは、ゆっくりとまるで引き寄せられるように、地球へと向けて、降下していく。
「駄目です、ザクじゃ追いつけません!」
「俺が行く、ベムロラの加速性ならなんとかなる!」
 グレゴールはそう言うと、バインダーを制御するレバーを思いっ切り引いた。このままの勢いで方向転換すれば、何とかなる。グレゴールはそう確信していた。
「・・・・・・何ッ?」
 バインダーが動かなかった。
 いくらレバーを引いても、それ以上バインダーが向きを変えてくれないのだ。
 グレゴールは焦って、サブカメラの映像をモニターに回した。映し出されるベムロラの機体後部。そこには、千切れたジムの腕部が引っ掛かり、その動きを封じられたバインダーの姿が捉えられていた。
「くそっ、この肝心な時に!」
 このままでは、曲がる事が出来ない。
 減速するのを待っていたら、HLVは重力の井戸に吸い込まれ、灰塵となってしまうだろう。
「今、今、動かなければ、意味が無い!」
 レバーを滅茶苦茶に動かす。
 その間にも、機体は地球からどんどん遠ざかっている。
「助けなければ、助からなくては意味が無い!」
 それは悲鳴に近い、絶叫だった。
 理屈など無い。助かるのなら、助けなくてはならない筈だ。それは、それは決して―――

 ―――無駄な戦力を助けやがって―――

 脳裏にいつか聞いた言葉が浮かんでいた。
 グレゴール・アインザックという人間が、その全てを賭けて否定しなければならない言葉。ならば、この場に迷いなどある筈もない。
「動けっ、ベムロラァァァァァ!」
 まるでその願いに応えるように、『奇跡』が起った。
 軋みを上げながら、バインダーが力尽くでジムの腕を振り払ったのである。グレゴールはそれを確認する事も無く、バインダーを思いっ切り振り切らせていた。
「・・・・・ぐうううぅぅぅぅっ!」
 恐ろしいほどのGがグレゴールを襲った。
 一切の減速をしない急な方向転換。それは、搭乗者の命を秤にかける、危険な操縦だ。
 ―――それがどうした。
 グレゴールは迷う事なく、ペダルを踏み込んだ。全てのスラスターが開かれ、青い閃光を放ち、力を得る。
 その速度は、まさに『爆発』に近い光景だった。
 奇襲を仕掛けた時も、ジムに張り付かれた時も、決して出る事のなかった、この機体の最大加速。それは、さながら、宇宙を裂く、一筋の閃光だった。
「―――――」
 その中にありながら、グレゴールは酷く穏やかだった。
 あらゆる出来事が、あらゆる物事が、ゆっくりと後方へと飛んでいく。
「大尉!」
 通信機から、部下達の声が聞こえた。最早、それすら気にならない。目指すは一点。重力の坩堝に嵌り込み、溺れようとしている、その鉄の船だけ。
「間に合うか―――」
 HLVの落下はみるみる速度を上げていた。大気の摩擦にその表面を赤く焦がしながら、どんどんと青い大地に引き込まれて行く。それは、もう手遅れの、救出不可能の光景でもあった。
 それでも、グレゴールは加速を緩めなかった。
 決して速度を落とす事なく、ベムロラも灼熱の大気圏へと急降下していく。
「―――っ」
 一気にコックピット内の温度が上昇した。コンソールに警告の文字が現れ、グレゴールを牽制する。これ以上潜っては、還って来られない、と。
 しかし、グレゴールは怯む事も、迷う事もなかった。
「―――いけるっ」
 地球に向け、真っ直ぐ降下していく、二つの影。
 それは言うならば、意識の差だった。  地球に向け落ちてしまっている鉄の船と、地球に向け自ら落ちていっている異形の怪物。
 僅かな、そして決定的な差。
 その差が―――両者の距離を零にした。
「無事か!」
 限界加速でHLVの真下に回り込む。ベムロラは、その上半身を露出させ、HLVを下から抱きかかえるように、確りと受け止めた。
 ガコン、と衝撃が走り、スラスターに恐ろしい負荷が掛かる。
 今回はジム一機とは訳が違う。HLV一機と、地球と言う惑星の重力そのもの。それがベムロラの背負った、錘だった。
「―――持ってくれ!」
 直ぐに機体が悲鳴を上げた。
 スラスターへの驚異的な負荷と、機体内温度の急上昇。コックピット内に警告音が響き渡る。
 これ以上やったら、確実に死ぬ、とマシンがそう音を上げたのである。
「それが、どうした―――」
 グレゴールは選ぶ事すらしなかった。
 ここで自分だけ助かると言う選択肢は、既にこのパイロットには無いのだ。
 当然だ―――ある筈も無い。
 初めに感じたのは、ほんの些細な違和感だった。
 道端で転んだ子供を助けるような、道に迷った老人を案内するような、そんな当たり前な行為。そんな当然の行為が、なされない、という違和感。
 戦争が始まって、それは一層強くなった。国の為、国民の為、と叫びながら、決して人を救おうとしない現実。
 ある人は、それを無駄な行為だと断じた。
 自分を賭けて他人を助けるのは、愚か者のする行為だと。
 グレゴール自身も、そう感じた。戦争と言うものは、軍人と言うものはそういうものなのだと、結局、グレゴール自身が一番よく解っていたのだ。
 それでも―――機械人形で、敵を撃ち殺すよりもよっぽどマシだ。
 そうとしか考えられなかった。
 グレゴールは軍属だ。この身で戦争を否定しようとは思わない。戦わなければやられる現実もあるだろうし、その戦闘で助かる命もあるだろう。
 それでも、それが誇らしい事だとは思えなかった。
「―――やっぱり、中途半端か」
 爆発音と共に、機体が激しく揺れた。
 第三、四メインスラスター機能停止。
「結局、軍人でも、私人でもないのだろうな、俺は」
 耐熱温度の限界は、当の昔に超えている。
 嘘みたいに軽い音を立てて、サブカメラが沈黙した。
「そうか―――だから、こいつなのか」
 暗闇に包まれたコックピットの中で、グレゴールはそう呟いた。
 あの時、この怪物を初めて見た時に抱いた、奇妙な感覚。
 好感も持てないが、悪意も感じない。
 それは当然だ。
 まるで、映し鏡の虚像と実像。
「―――似たもの同士なのか、俺達は」
 私人でも、軍人でもない男。
 MAでも、MSでもない機体。
 どちらも不恰好で、無様極まりない。決して報われる事のない、異形の半人半魔。
 その昔、誰かの言っていた言葉を思い出す。

 お前は軍人に向いてない。きっと軍人として死ぬ事はできないだろう。ならば、私人として戦って死ね。それができたなら、お前は立派な戦士だろう。

 ズン、と機体下部が弾け飛んだ。
 スラスターも機体強度も全てが限界に達している。既にこのベムロラは、満身創痍の状態だった。
 このままでは、自身もHLVも助からない―――
 そう悟った瞬間、グレゴールは、数日前の情景を思い出していた。
 ―――最も、その上半身は、飾りだ。
 ―――取って付けただけの張りぼてだからな、取ろうと思えば、何時でも排除出来るよ。
 ブロディの語った、何気の無い言葉。
 グレゴールは、そこに最後の活路を見出していた。
 コンソール上部の緊急用レバー。
 それは、ただの飾りに過ぎない『上半身』を強制排除する為の非常用レバー。
「まだだ、まだ終わってないぞ、ベムロラッ!」
 グレゴールは、躊躇う事なく、そのレバーを引いていた。
 ゴン、ゴン、と音を立てて、拘束金具が弾け飛ぶ。
 まさに一瞬の差。HLVを抱えたまま、強制排除された上半身は、その勢いのまま、重力の拘束を振り切ったのだ。
「――――いった!」
 ゆっくりと、宇宙へと昇っていく半身。
 その様子を一瞬、映し出した瞬間、メインカメラの映像が完全に焼き切れてしまった。
「――――」
 気が付いたら、警告音も既に止まっていた。
 全ての機能が停止したコックピット内は思いの外、静かだ。
 光も無い。音も無い。
 それが―――不思議と安堵感を齎していた。
「後悔など―――ないさ」
 グレゴールはヘルメットを脱いだ。
 限界まで熱された空気が襲い掛かってきて、脳内が白熱する。どんなに頑張っても、もう呼吸が出来ない。
 グレゴールは、そこで初めて『死』を意識した。
 だが、恐怖感は全くと言っていいほど無い。
 達観した、諦めた、と言えばそれまでなのだろう。だが、そう言う感覚とは少し違う、とグレゴールは溶けかかった脳で思考する。
 ―――知っていたのだ。
 グレゴール・アインザックという人間の持つ答えの先。そこに待っているのは、無駄死に以外に他ならない、とグレゴールは気付いていたのだ。
「―――そんな、事か」
 驚いた事に、声が出ない。
 グレゴールはその滑稽さに少し笑って、目を閉じた。
 ―――その最期に、グレゴールは見える筈の無い青い星を、何故か、自らの頭上に眺めていた。



 6/

 結局、第三七補給連隊がソロモンに到着したのは、予定から二日も遅れた、四日後の事だった。
 任務外戦闘の経過とその損害。それをソロモン駐留官に報告した後、シュレイド・クライチは自室に戻っていた。
 正確には―――自室ではない。
 艦長室、と呼ばれるその部屋は、ほんの四日前まで、この艦の艦長兼指揮官だった男の部屋だ。シュレイドは、その任務を代行するに当たり、この部屋を使っていたに過ぎない。
「・・・・・・全く、迷惑な人だ」
 部屋にはほとんど何も無かった。
 身近な生活用品と、少量の衣類のみ。片付けるほどでもない、それらのガラクタは、全て遺品なのだ。
 シュレイドが、冷たくなったベッドに腰をかけると、コン、コン、と扉をノックする音が聞こえた。
「クズキ曹長です」
「構わん――入れ」
 短く応えると、クズキ・ウォレイッチが入室してきた。
「何だ。今は休憩中のはずだが?」
「はい。それが、その、郵便物の中にこれが――混じっていまして、報告すべきだと―――」
 見ると手に小さな封筒を持っている。
 シュレイドは差し出されるまま、それを受け取って、クズキの言葉の意味を理解した。
「グレゴール・アインザック大尉、宛てか」
「はい。ですから、どうにも困ってしまいまして・・・・」
「大尉に御家族は?」
 シュレイドの問いに、クズキは首を振った。
 本来、こうした故人への手紙は、開封せず、家族へと送るのが常である。しかし、その家族もいない場合は、破棄するより他は無い。
 シュレイドは封筒を裏返す。そこには、グラナダ基地、との消印が押してあった。
「―――仕方ないな。艦長権限で開封する」
 一瞬、クズキは避難するような目で見たが、シュレイドはそれを無視した。私的な内容なら捨てればいい、事務的な内容ならば、それは処理しなくてはならないのだ。
 中に入っていたのは、薄いワープロ印字紙だった。
「あまり、じっと読むべきでは無いと思います」
 クズキが抗議の声を上げた。
 シュレイドは、それすら耳に入らないような様子で、
「―――ブロディ・セレディスが死んだ」
 と、言った。
「え、それは、あのMAを開発した。大尉の友人の?」
「ああ。我々の出港した、三日後の事だったらしい、自殺、なのだそうだ―――」
 それはグラナダの基地管理局からの手紙だった。  ブロディ・セレディス技術中尉が原因不明の自殺。最後に会っていた友人であるグレゴール・アインザック大尉に、その子細を訊きたい、と手紙は簡潔な文章で綴られている。
「何故―――自殺なんか」
「さあな、知るものか。ただな・・・・・これによると、遺書めいた走り書きが残っていたらしい」
 それは、遺書でもメッセージでもない言葉。
「咆哮は宇宙を裂いた―――そう書いてあったそうだ」
 シュレイドは想像する。あの男と、この技術中尉の間でどんなやり取りがあったのかを。そして、最期に何故この言葉を遺そうと思ったのかを―――
「どういう―――意味なのでしょうか?」
 クズキの疑問に、さあな、とシュレイドは素っ気無く答えた。
「この技術中尉には聞こえたのだろうな、半人半魔の咆哮が。確かに聞こえたのだろうよ―――」
 半人半魔の咆哮。  HLV三機。MS四機。負傷兵士とその家族二三名。
 それこそが、グレゴール・アインザックというパイロットが、命を懸けて遺した『戦果』の全てだった。

                                        


[あとがき]
 いつか書いてやろうと思っていたガンダム小説です。
 ガンダムは設定が細かいんで、あれこれ想像して話を作っても、設定に反してボツったりする事が多くて、なかなか大変な小説でした。
 …んで書いてはみたものの、詳しい方が見れば、非常に適当な設定です(笑)
 まず、グラナダからソロモンまであんなにかかりません。これは確かめようが無かったので、放置させてもらいましたが、多分、地球の近くも通らないんじゃないかなぁ…(笑)
 MSの運用論などについてはそれなりに設定を意識してますが、ベムロラはどーでしょう?(笑)
 MSもMAもジオンが先なんで、こんな発想があってもおかしくはないと思うのですが…そんなん作ってる暇あったらゲルググいっぱい作れって感じです。
 まあ、大戦末期のジオン兵器工廠なんて、魔女の釜。きっと見た事もない試作機がゴロゴロしてたに違いない!
 …最後に、タイトルがイグルー風なのは、その場のノリで付けたからです。悪しからず。